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2006年05月07日

ユダの福音書(3) 聖書外典とされたわけは?

ユダの福音書の書かれた年代は、放射性炭素年代測定法でおよそ、
紀元220〜340年ということである。

この時代は、初期キリスト教の時代で、マルコ、マタイ、ルカ、ヨハネの4福音書が正典として認められた時代とほぼ一致する。
ユダの福音書は、すでに紀元180年頃、正統派教会の司教から、グノーシス派の異端書として厳しく批判されている。
その存在が、いま確認されたのだ。

マタイ、マルコ、ルカの3福音書は共通する記述が多く、同じような表現もみられることから、参照されながら書き上げられたものという見方がある。

初期キリスト教の時代、写本は教義の整合性をたもつために取捨選択され、現在の新約聖書の形に作り上げられていったということである。



ところで、グノーシス派というのは、どんな教派だったのだろう。

グノーシス派は、天地を創造したエロヒムと真の神(至高神)は別のものであるとする。始めに至高神があり、そこから多くの霊体が生まれ、 物質(自然、人間、宇宙)は下等な神により創造されたものである。

したがって、この世界は悪であり、人間の身体も実体として悪であるが、その中に聖なる火(真の神から降りてきた善なるものであり本来の自己)を含んでいる。
選ばれた者は知識(グノーシス)によって、自己を至高神に復帰させることができる。

キリスト教グノーシス主義では、イエスは至高神の子で、人間に真理を啓示するために遣わされたとする。


ユダの福音書にある、「お前は、真のわたしを包むこの肉体を犠牲とするだろう」のくだりは、まさにこのことを現している。

この書が採用されると、真の教えを理解しているのはユダということになり、新約聖書の教えは、根底から崩れていくことになる。



写本から読み取れる文章の全訳が6月ごろに出版されるということなので 、
当時の異端の書をまとう。
タイトルは『原典 ユダの福音書』。


『ユダの福音書を追え』(日経ナショナルジオグラフィック社刊)は、
この写本の発見から、修復、鑑定のプロセスを追ったノンフィクション。

posted by えっちゃん at 17:20 | Comment(0) | TrackBack(0) | ユダの福音書

2006年05月05日

ユダの福音書(2) イスカリオテのユダは裏切り者ではなかった?

新約聖書に描かれているイスカリオテのユダ像は、
裏切り者であり、(金箱を預かっていてその中に入れられた金を常々くすねている)盗人である。

『ヨハネによる福音書』12章3-6節

「・・・・マリヤは、香油一ポンド、本物のナルドで非常に高価なものを取り、それをイエスの両足に塗り、ついで自分の髪の毛で彼の両足をふいて乾かした。家は香油の香りでいっぱいになった。
しかし、弟子の一人で、彼をまさに裏切ろうとしていたユダ・イスカリオテが、「どうしてこの香油を三百デナリで売って貧しい人々に施さなかったのか」と言った。
だが、彼がそう言ったのは、貧しい人たちのことを気にかけていたためではなく、彼が盗人であり、金箱を持っていたが、そこに入れられる金を常々くすねていたからであった。」


筆者とされるこのヨハネは、新約聖書の中で「イエスの最愛の弟子」としばしば記述されている人物。

新約聖書に収められた正典とされる4福音書(マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネ)のユダ・イスカリオテに関する記述は、イエスを裏切るシーンにも金を絡ませている。

ユダ→ユダヤ→金

をイメージさせる。

旧約聖書は、ユダヤ教とキリスト教共通の正典。
新約聖書はキリスト教の正典で、新世界訳聖書を見ると、両聖書の記述の割合は、旧約聖書が約77%、新約聖書は約23パーセントである。

『創世記』が書き終えられたのが西暦前1513年で、「初めに」から紀元前1657年までを記録している。
旧約聖書最後の『マラキ書』は西暦前443年より後に、再建されたエルサレムで書き終えられている。

新約聖書は、「マタイによる書」が西暦41年頃、最後の「ヨハネの啓示」は西暦96年頃である。

聖書の冒頭から読み始め、斜め読み、飛ばし読みでザーッと見ていると、マタイ、マルコあたりで、筆致が突然変わるのに気がつく。

旧約聖書の淡々とした語り口から、急に生臭くなるのだ。
イスカリオテのユダや、ユダヤ教の祭司長に関する記述にいたっては、口角泡飛ばし、非難の限りをつくしている
といった印象である。


聖書編纂の課程で、ある意図が加わっていると思うのは自然な成り行きである。


そこに『ユダによる福音書』が現れたのであるから・・・


いま、 『聖書』がおもしろい。

福音書に書かれている、ユダの裏切りについての記述。
posted by えっちゃん at 14:31 | Comment(0) | TrackBack(0) | ユダの福音書

2006年05月04日

ユダの福音書(1) 新約聖書の世界観が変わる?

1970年代、エジプトの砂漠からいくつかのパピルス文書が発見されました。

2001年になって、古文書は古い昔、エジプトで話されていたコプト語によって書かれていることがわかりました。

コプト語の世界的研究者ロドルフ・カッセル博士によって読み解かれた文書の内容は、キリスト教の経典を大きく揺るがすものでした。

「イスカリオテのユダとの対話でイエスが語った秘密の啓示」

イエスの言行録の形をとった文書を福音書といいますが、これはまさしく、ユダがイエスから聞いた教えの記録『ユダの福音書』だったのです。

重大な発見であることがわからないまま、古美術商の手に渡ってから再び発見されるまでのわずか20年の間にパピルスは急速に劣化が進み、ボロボロと崩れかけていました。
修復専門家はコプト学者の協力を得ながら5年の間、破片をピンセットでつまみ上げてパズルを組み合わせていくような辛抱強い作業を、延々とくりかえした結果、次々と衝撃的な内容を読みとっていくのです。


重要視されるのは、イエスがユダに語るシーン。

「お前は、真の私を包むこの肉体を犠牲とするだろう。」

イエスは、ユダを勇気づける。
「目を上げ、雲とその中の光、それを囲む星々を見よ。皆を導くあの星が、お前の星だ。」

つまり、ユダはイエスの望みで兵士に引き渡したというのです。



<文献>NATIONAL GEOGRAPHIC (ナショナル ジオグラフィック) 日本版 2006年 05月号 [雑誌]





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posted by えっちゃん at 12:50 | Comment(1) | TrackBack(0) | ユダの福音書
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